密教風水カウンセラーの、種市さんの本です。
(密教を習得された僧侶でもあります)
「怒らない習慣力」というタイトルどおり、
どうすれば、日々を怒らずにすむのか?
その工夫が、細かくわけて紹介されているのでわかりやすい。
種市さんのよいところは、否定はしません。
感情は起こるのは仕方ないことであり、
その起こった負の感情を、俯瞰してみると
怒り・悲しみなども、やがて過ぎ去っていくという考えです。
さらに、すぐにできるわけではなく、
種市さんは、習慣にしてく(意識していけば)
誰でも、できることなんだと優しく諭してくれています。
そして、重要なことは
怒らなくなると、人生は好転していく
人間関係だけでなく、お金も関係していく
もし、日頃から 怒りの感情で疲れている人には
読んでみるといいかもしれません。
以下、メモした内容です。
怒らないと人生がうまくいく理由
多くの場合中長期的に見れば
怒りはあまり良い結果に結びつきません
感情に振り回されて 疲れる
人間関係トラブルになる
振り回されてしまうと仕事や人間関係において良い結果が入らなくなる
それどころか 他人や自分を攻撃するのが当たり前になった人には
運もチャンスもお金も
望む結果もやってこなくなる
逆に怒らない習慣が手に入ると
他人の気持ちに配慮できる
トラブルにも振り回されなくなる
人生の質や幸福はお金では決まらない
では何で決まるのかといえば 毎日をどのような感情で過ごしているかです
人にはこれまで生きてきた中での常識や
自分ルールの中で作った
予測や期待があります
出来事が 予測や期待の範囲に収まっている限り
感情は乱れない
感情が乱れるのは自分の予想や期待の外側で起こった時です
感情の受け止め方で大事なのは
感情と自分は別物と考えること
海で荒波に飲み込まれた時をイメージすると理解しやすいかもしれません
波にのみこまれて溺れかけたとしても
誰も波が自分だとは思いませんよね
では波を感情だと考えてみてください
自分が感情そのものではなく 波を体験しているのが自分です
実際の波に飲み込まれたとき、
もがいて抵抗するほどおぼれやすくなります
同じように 怒りなどの感情が芽生えた時も
無理に抑えようとして否定するほど長引きます
落ち着きを取り戻すには
感情と自分を切り分けること
言ってしまえば怒っている時にそれを客観的に見る事
これを仏教では止観(しかん) と言ったりします
文字通り止めて見るのです
意識のフォーカスを変えれば 感情は抑えられる
怒りが引かないのは
自分がそのことを意識し続けているから
同じ怒りが盛り返してしまうのです
簡単に忘れる事は出来ないと言っても
もし目の前に100万円を貰って
好きに使っていいと言われたらどうでしょう
怒りをあっさり忘れて 何に使おうかなと思い浮かべるでしょう
それをうまく利用しましょう。
例えば、自分のご褒美なことをすれば
嫌なことも忘れるかもしれません
旅行に行ったり スイーツを食べたりなどです
また 大好きな人や大事な人を思い出してみるのもいいでしょう
その人達の為にがんばろうと 力が湧く人もいます
完璧主義の人は 見るもの聞く者すべての現象に
ケチをつけずにはいられなくなってしまう
完璧主義の問題点は減点主義であること
一方心穏やかにして感情に振り回されない人は加点主義です
自分が見ている世界をどちらかにするかで
平常心を作れるかどうかが決まります
わかりやすく言えば人の良いところを探すようにすること
それが 平常心をつくるコツ
完璧主義の 根底にあるのは 他人を完璧にコントロールしたいという思い
抱いてはいけない感情など一つもない
平常心とは何も 悟りすました「聖人」みたいな人になれという話ではありません
人の感情はただの反応であるのです
そうであるがゆえに感情は反応に過ぎないので
本来コントロールしようがないものです
しかしどう受け止めるかでコントロールはできます
怒りや嫉妬も起こることは仕方ありませんが
芽生えた感情をきちんと受け止めてあげる
例えば 誰かを妬むのは自然な感情です
それ自体は問題ではありません
しかしその感情にひきずられたり
その感情から 悪口を言ってしまうのは問題です
思い通りに行くことも思い通りに行かないことも
両方に価値があります
思い通りにいけば先行体験や
うれしい楽しいなどの感情価値があります
思い通りにいかないことには
どこを改善すればうまくいくようになるのかという
長期的な学習価値があります
意味がない出来事や経験は一つもありません
アドラー心理学の アルフレッドアンドラーの言葉
人生の悩みのほとんどは人間関係である
人の価値に上下優劣を付けない
平常心を作る上でお勧めなのが平等観という見方を知ることです
平等観とは 人も平たく等しく
上下も優劣もなく見ること
平等観は、 相手に対し見下したりリスペクトしすぎたり
しないでフラットに付き合えるようになる
期待のしすぎもなくなり心の枠も広がる
そもそも人それぞれの能力や財力経験値など
数値化できるものは
多い、少ないがありますが
人の存在価値は皆同等です
小さい子供でも高齢者でも
世界的に活躍している人でもみんな同じ 尊厳がある
個に変わりありません
悪事に手を染める犯罪者であってもまた
親も先祖もいる尊厳ある 個なのです
罪を犯した人をすべて悪とみなしてしまうのは
更正するチャンスを奪うことでもあります
まあいいかという選択肢を持つ
つい食べ過ぎてしまったりしても
まあいいかという選択肢があれば
気持ちを切り替えやすいと思います
一言で言えばルールから外れてしまった自分を許してあげることです
こんな自分もありと事実を
肯定も否定もせずにただ受け入れるのです
すると嫌なことを受け止める免疫がつくため
人から嫌なことをされても感情が乱れにくくなります
自分の感情も尊重して考えることが 自尊心を育てることにもなります
もし どうしたらいいと思うと聞かれたら
本当はどうしたいのと聞き返してみましょう
すぐに本音が出てこなくても
本当の本当はどうしたいと何度も聞いてあげることです
そうすることで相手は自分の本音を話す機会を手に入れます
すると相手の自尊心を満たされ、良い方向へいきます
そもそも「正しいこと」と 「個人が正しいと思っていること」は違います
自分は正しいということも
それが100%世の中で正しいことではなく「正しいと思っているだけ」にすぎません
「正しいと思っていること」は個人の解釈です
解釈に 正解・不正解は分けられません
妄想という「おヒレ」をつけない
ヒトからイラッとすること を
言われた時「あの人にこう言われた」と言い方をしますよね
あの人は「言っただけ」なのに
それを受け止める側が「言われた」と言い換えることに
トラブルの原因があります
言ったことは事実ですが
「言われた」というのは受け手の主観が入っているのです
実際に相手が言った言葉に尾ひれをつけ
事実とは違う言葉にねじ曲げて 聞いている可能性があります
例えば相手の行動に対し
些細なことにイラッとする人は
相手をコントロールしたいと無意識に思っています
自分のルールから
はずれたことをされていたとしているわけです
他人にこうしてほしいという思いはあってもいいですが
共生することはできません
例外があるとすればそれは
会社の上下関係
会社の部下であれば 思っていることを穏やかに伝えることに問題はありません
人の自尊心はどうすれば育つのか
子育ての場合
子どもを安心して甘えさせてあげること
そしてひたすら甘えさせてあげると
子どもは 豊富な 依存体験を土台に
自立したくなります
湧いてきた直感を大切にする
例えば友達から旅行の誘いを受けて
気が乗らない時がありますね
明確な理由があるわけではなく
直感で なんとなくということですが
感じてしまった以上それを優先させる事をお勧めします
なぜなら直感として自分の本音が現れることが多いからです
天は必ずフィードバックをくれる
人が決められるのは行動を 起こすことまで
結果は 決められないので
行動したら あとは 天に委ねて待つのみです
天は行動に対し必ず何かしらのフィードバックをくれます
そのフィードバックに善悪はありません
私が言い続けていることがあります
それは無意識の習慣や選択が
あなたの人生を作っているということです
人が普段意識的に選択していることは
実はそれほど多くありません
人生は選択の連続だと言われます
でも大事なのは人生の岐路に立ったときに
行う大きな選択や意識的に行っている選択ではなく
日々のなんとなく無自覚に行っている思考
言葉 行動のほうが重要です。
それらの小さな選択が
一連の流れとなりあなたの人生を作り上げていきます
このなんとなくの無意識を変えるための方法は一つしかありません
それは 自分の経験から振り返り
無自覚だったことを自覚すること
そしてその部分を変えていこうと意識すること
意識ができれば変えられます
