大切な人を失ったときにを読んだ感想

江原さんの本を読んでいて思うのは、
この人はちゃんと心の勉強をされているなと思います。

基本的には、悩んでいる相手に寄り添い、励ましていることが好感が持てます。
ただ、ときにはズバッと物事を言うこともあるので、それはそれで気持ちがいいです。

また、博識家でありいろんなことを知っているお方だということが、
本の内容からにじみでてきます。

さて、この本は死んだ人に対しての悩みをズバッと解消してくれています。
さらに、死んだ人に対して抱く悩みが細分化されています。

例えば、
・泣いていたら、成仏できないの?
・死に際に会えなかった悩み
・認知症で事故死した場合
・災害で、遺体が見つからないとき
・死んだ後に、日記を読んで自分を恨んでいることがわかったとき
・分骨はいいの?

などなど、死に関する悩みはこの1冊でだいたい網羅できるのではと思うくらい細分化されています。
その問題に対して、優しく、ときには激しく諭してくれる本です。

タイトルのとおり、故人に対して悩むことがあれば、読んだほうがいいです。

以下、メモした点です。

さみしくて当り前 私はあなたにもう泣くのはやめなさいそれじゃ供養になりませんよとは言いません
泣くのは恥ずかしいことじゃないし
あなたがなくのだって 供養だと思うからです
だからそんなに泣いてたら無くなった人が成仏できないよと
親戚の誰かに言われたとしても聞き流してください
亡くなった人はあなたが泣いていても成仏できます
これはたくさんのあの世の人たちを見てきた私が得た確信です

良い睡眠をとりましょう
元気が出ない時はどうしたらいいですか
という質問に私はいつもこう答えています お風呂に入り
よく食べてそして良い睡眠をとりましょう
良い睡眠というのは霊界への里帰りです
私たちはこの世で生きていますが
人間の本質は魂です
睡眠中は肉体を離れて魂としてあの世に一時的に里帰りし
エネルギーチャージをしています
ですから亡くなった愛する人に一目でいいからもう一度いたいという思いは
夢の中でかなうこともあるのです
一度もも夢に現れてくれないという方もいますが実はあったことを忘れているだけです

あなたは自分という人生の主人公ですとよく言いますが
その通りで誰もが主人公として人生の舞台に立っています
人が死ぬというのは人生というひとつの舞台が終わったようなものです
この世の人生という舞台が終わった魂は
幕が下りたらあの世の人たちが
お疲れ様と拍手で出迎えてくれます
そしてあの世暮らしを始めるのです

あの世の人 も重たいとウザいと感じる
たとえば この世に残された人が
あなた無しで生きられないと言い続けたら
きっとあの世から重い
ウザいと言われるに違いありません
大切な人にそんなふうに思われたくないでしょう
今の自分がしていることを相手はどう思うかという客観的な目線を忘れないことです

災害や事故に遭うのは突然です
大切な人を亡くす時もあります
なぜそのタイミングなのかと考えても答えが出ないような時は
それは寿命なのだと思います
こんな事を言ったら不謹慎に聞こえるでしょうが
死に方や寿命を必要以上に気にしすぎないでほしいのです
病気でも事故や災害でも
死の形はそんなに大きなことではなく
長く生きたから幸せで短命が不幸というわけでもありません
大事なのはどう生きたかということです

悩み事がある人には
十人に相談するといいですよと私はよくアドバイスします
たいていの人は十人まで行かないうちにバカバカしくなったり
自分で答えを見つけたりしてやめます
それでも納得できないという人は
もう十人に相談してくださいと言います
何が言いたいかというと
現実を受け入れる
悲しみを受け入れるというのは
それに似ていて 感情をぶつけジタバタしてでも
自分で気づくしかないということです
悩み事も大体は
自分の中に答えがあります
誰かに相談して答えを教えてもらうというよりも
自分のなかの答えを自分で見つける気づくきっかけを
えるために誰かと対話するのです

立ち直るには自分のことより人の世話
なかなか立ち直れない人がいます
例えば夫が亡くなって生きていけないと言っている人
心にある本音を探っていくと
夫が亡くなって私の生活費はどうなるの
消えた電球は誰が取り替えてくれるのというもの
残念ながら亡くなった人のことより
自分の方に視点が向いている
こういった人が
立ち直りのきっかけを得たいなら
自分ではなく人に目を向けてもらうこと
誰かの世話を焼くこと
人は自分が必要とされると俄然
力が湧いてくるものだからです

寂しさを紛らわすには感謝を持つ
例えば電球を取り替えてくれないことに気づいたとき
① もう誰も取り替えてくれない これからは誰が取り替えてくれるのかと思う
② 電球を取り替えてくれたのは夫でした いろんなことをしてくれていた夫に感謝と思う ①と思う人は 落ち込んだりする人
②二番と思う人は立ち直れる人 ①の深層心理にあるのは不平不満

こんな話を聞いたことがあります
ホスピスで 看護師さん私死ぬんですかと尋ねる患者さんに
看護師さんが
私も死にますからね
と言うと患者さんは安心したような顔をするそうです
誰もが死ぬんだ自分だけじゃないんだということに改めて気づき
落ち着きを取り戻すのでしょう

私が霊視した限りでは
あなた無しでは生きていけないと残された人の言葉を聞いて
死んだ人がじゃあこっちにおいでよ
と言ったケースは1つもありません
たいていは大丈夫
生きていけるよ
ほらしっかりしてと励まします

成仏できないかもは思わなくて大丈夫
死んだ人に対して
あんまり悲しむと成仏できないのでは と思うことで
元気になるならいいですが
はっきり言って 死んだ人のことをそれほど心配しなくて大丈夫です
なぜならあの世では守護霊という強力なカウンセラーがついているからです

親不孝だったことを詫びたい
親が死んだとき
親孝行はできなかったと 後悔することは誰でもあります
スピリチュアルの視点から言うと
悪かったごめんねと思った時点で
相手はわかっています 死んだ人と
テレパシーで通じるからです
テレパシーで通じていると言われても
実感がわかない場合
亡くなった人に当てて手紙を書きましょう
亡くなった人に当てた謝罪の手紙は投函することはできませんから
書いたらすぐにお炊き上げして構いません
手紙を仏壇に備えてもかまいません
一定期間備えてその後でお炊き上げしてもいいでしょう

死んだ人の日記が出てきて
そこに自分を恨むような内容が書いてあったらどうするか
実はあの世の人も今頃 実は死んだ人も今頃そんな恨み事を書いた事を反省しています
あの世に行ったらすべてが明白になります
なので気にしないように

介護中に優しくできなかった悩み
介護中ちょっと乱暴な扱いをしてしまったり
心の中で 虐待をついたりした経験はあるのではないでしょうか
認知症であっても誰から何をされて
何を言われたかは魂にちゃんと刻まれます
たとえあなたの事が分からなくなってもです
あの世に行くと認知症ではなくなります
その途端にされたこと言われたこと
相手が心の中で思っていたことすべてが明らかになるのです

昏睡状態のままなくなり最後に会話ができなかったという悩み
昏睡状態で 相手の意識がなく そのまま死んでしまう場合があります
それで悩む人もいますが
大切な人と過ごした時間はそれだけではなかったはずです
元気な頃には色んな話をし
楽しい思い出もたくさんあるのでしょう
その思い出を作れたことに感謝をしてください

闘病人生のまま亡くなった我が子への悩み
治療ばかりでかわいそうと思うのは仕方ありません
ですが長く生きたから幸せとは言い切れず
短い人生だから不幸でもありません
闘病生活の中で家族や周りの人に
いっぱい愛されたという事実もあるわけです
この世には愛情を受けることなく生きる人もいます
単純に比べられることではありませんが
それぞれに 正と負があるのです
ですからかわいそうという部分だけにフォーカスしないこと
あの世には
小さな子どものための幼稚園のような所があってお世話してくれる人がいます

病気の人に対して必要なのは寄り添うことです
そして寄り添うとは 相手の手足になるぐらいの気持ちでいることです
例えば お見舞いで 何かあれば遠慮しないでいつでも言ってねと言ってあげる
打算や見返りを求める自己中心的な考え方を小我といいます
いい人と思われたくていうやさしい言葉は
小我の典型
それに対し見返りを求めない利他心を大我といいます
病気の人に接するときは 大我な気持ちで寄り添うのがいいでしょう

余命宣告された相手にかける言葉が見つからなかった悩み
もし私が余命宣告を受けたんだと告げられたら
そういずれ自分も来ることだからね
と言うでしょう
人は誰でも死ぬのです
大事なのは余命宣告された後の限られた大事な時間を
本人がどう過ごしたいのか
そして友人として100%サポートするよと言えるかどうかです
人生の時間が残りすくない友人にできることは
自分が便利屋になってあげること
家の片付けを手伝ってほしいと言われたら手伝う
遺言書を書きたいと言われたら 弁護士事務所でも行ってあげる
そのように便利屋になってあげる事

災害で遺体が見つからず あきらめがつかない悩み
残酷に聞こえるかもしれませんが
遺体が見つからないのは本人の意志だと私は思います
つまり見つけて欲しくないのです
私が講演会で
もしあなたが災害で行方不明になったとき
遺体を見つけて欲しくないと思う人はと 客席に尋ねると
多くの人が手を挙げます
理由は生前の元気だった自分を覚えておいてほしいというもの

認知症で徘徊の末、事故死になったことを後悔している
この世では認知症で覚えていなかったことも
魂に刻まれていてあの世ですべて理解します
ですから家族がちゃんと自分を世話してくれていたことや
何とか徘徊で 危ない目にあわないようにしてくれていたことも
あの世で知るのです
死なせようとして起こった事故ではないと本人はよくわかっています

エンディングノートに指示があったがその通りにできなかった悩み
エンディング通りにできなかったからと言って
あの世の人は怒ったりしませんので安心してください
文句も言いません
生きている時の細かいこだわりは
今思えば取るに足りないことだったと
あの世に行って気づくからです

自殺をした理由がわからない何かできることがあったのではという悩み
魂は永遠です
なので、自殺した魂は、
あの世で究極の失敗を自らふりかえるという作業をしながらもその
反省を生かしてまたやり直していくでしょう
いずれにしても言えるのは
過ぎたことは仕方がないということです
死んだ人に思いを伝えるならば、
このように考えること。
悔やんでも仕方がない
失敗は誰にでもある
やり直せばいいだけだという励ましの言葉です
自殺の理由がわからない場合は
無理に詮索せず知らないままでいいと思います
中にはブラック企業でのパワハラ
いじめなどもあるかもしれませんが 知らないでいい。
それでも、違法性があった場合二度と同じようなことが起きないように事実を明らかにしたいと遺族が考えるのであれば
それは間違いだと思いません
ただしその場合は感情を入れずに
理性的に淡々と調査や裁判を進めてほしいと思います
間違っても亡くなった人の無念を晴らす というような
感情的にならないことです
相手が生きているので
悔しいかもしれませんが
あなたが思いをぶつけるまでもなく、加害者の人は自らが
まいた種をいつか必ず自分で刈り取ることになります
そういう意味であなたは誰も恨む必要はありません
ネガティブな念はあなた自身を苦しめますし
あの世の大切な人にもネガティブさは届いてしまいます
それでは供養にならないはずです 恨みも悔みもすべて手放すことから始めましょう

家族が自殺したことを隠しているが死んだ人は本当のことを周囲に言ってほしいのかどうか
亡くなった人はどちらでもいいと思っています
それは残った人の問題ですよと思っています
明らかにしてもいいし
明らかにしないでもいいのです
残った人の問題です
なので場合によっては 病気で死んだと伝えてもいいと思います

亡くなった人への恨みが消えない
まず大事なのは 恨みは自分を苦しめるということです
ではどうやって自分を解放すればいいか
俯瞰して整理してみましょう
もし自分が子供の頃に受けてしまったものならば
過去はもう手放しましょう
なぜならその時は 逃れられない子供だったのですから
忘れることで恨みを手放し自分を自由にする方が 有意義です
大人になってから受けた行為であれば
その相手から逃れる手段が あったことに気づいて下さい
外に助けを求めたり自立する必要があったのです
だからといってできなかった自分をこれ以上責めないでください
それよりも学んで欲しいと思います
それが乗り越えるということだからです
また 幸せな人は意地悪しないという事実も覚えておいてください
相手は幸せじゃなかったから
あなたにいじわるしていたのです
そのような目線を持つと許す心が芽生えてきます
少なくとも相手を理解しようとする冷静な気持ちになれるはずです

霊感がある人に 亡くなった人が成仏できていないと言われた
たいていの人が たくさんあの世の人を見てきた私からすれば
亡くなった人は誰でもこの世に心残りがあるものです 多かれ少なかれ
なので気にしなくても大丈夫でしょう
忘れないでほしいのは 死んだ人に思うことは
執着はなくしてねと、これだけでokです
後はもう気にしなくて大丈夫です
自分も執着をなくすようにすること
その明るい気持ちがあの世の人にテレパシーとして届きます

ペットの死に対して 人はどうしてもペットを擬人化して捉えがちですが
動物は動物の本能として死を受け入れるだけです
死に対する恐怖もありません
ですから安心してください
スピリチュアルな視点では
ペットを飼う事は動物の霊性向上のためのお手伝いです
ペットは人間と暮らすことで心のやりとりをし
通い合わせることから愛を学びます
人間との暮らしの中で
他者を思いやる 愛を知るようになるのです
そうやって少しずつ魂を人間に近づけていくのです

完璧な看取りはない
100%完璧な看取りはありません
多くの人は大切な人を亡くして
これでよかったんだろうかと思います
しかし どれだけの量を与えたのではなく
どれだけこめたかが大事
あなたが最善をつくしたのならそれがすべてだし最上なのです

昏睡状態でも耳は聞こえる
昏睡状態でも耳元で声をかけると魂にはちゃんと聞こえます
魂で聞いているのです
また耳が不自由な方に対しても話しかけると通じるようです

もし 死んだ人のことで揉めることがあった場合
もめるより 弁護士さんに入ってもらったり
裁判で決めてしまう方が いいでしょ
残された人同士が喧嘩をしていても
死んだ人へ ライブ中継のように
ネガティブな思いがどんどん届きます
そのたびに死んだ人は気まずくなります
それならば感情を入れず
法律に従って分けることがそれ以上揉めないことが最善策です

分骨で争わないで
霊能者が
分骨は 運が衰退する
という人もいますが迷信です
地域の風習で分骨することもありますし
問題はありません

あの世からのメッセージ
例えばラップ音がした
これは死んだ人からのメッセージですか?
江原さんは
そうですあなたの感受性が豊かだからそれに気づいたのです
じゃあどんなメッセージですか?
内容を知りたいならば声に出して例に尋ねてみましょう
わかるように出てきてくださいと
尋ねてもわからない場合たいした内容じゃありません
きっとここにいるよぐらいのことです
それ以上は追及せずに放置しましょう
本当に伝えたい事があるときは
あなたに分かるように伝えます
あれこれ考えずにひとまず放置しておくことです