子育てに悩む親にぜひ読んでほしい本です。
というのも、この本を読み
そのとおりにしたのなら、子育ての悩みはなくなります
なぜなら、正観さんの考えでは
子どもを思い通りにしようとしなければ、悩みは起こらないというものだから。
例えば、多くの親が「いい学校にいれよう」と悩みます。
しかし、いい学校に入ればそれで幸せになれるでしょうか?
いい学校に入っても、周りの人と反りが合わずに
すぐにやめてしまうかもしれない
それよりも、物事を肯定的に幸せに生きていく考え方を
養ってあげれば、愛される人格を養ってあげれば
そのほうが、よほど周りから愛され、自身も幸せに生きていける
お金があれば幸せではないのです。
子育てで悩んでいる人は、ぜひ一読をおすすめします。
以下参考にした点をメモしています。
子育ては決して難しいことではありません
子育ての本質は育てないこと
本当の子育てとは子育てをしないことらしいのです
子育てをしないと言っても必要な愛情をかけないとか
養育をしないといった育児放棄のことではありません
私の言う子育てをしないというのは
子どもを育てていくに際して
この子を自分の思い通りにしようとしないことを言います
自分の子供に対しても 暴力などの方法論を教え込まない方が良い
そうしないとその暴力的な家系は延々と続くのです
何十代も
何百年もずっと親が怒鳴り
怒り声を荒げいうことを聞かなければ暴力を使ってでも言うことを聞かせるという方法論を
ずっと継承していくのです
キャーの遺伝 ある母親がゴキブリを見てキャーと叫んだとします
すると子供はそういうふうに教え込まれるのです
その子供は自分が大きくなり結婚して子供ができた後も
その子供の前でゴキブリを見たらキャーと叫び
スリッパを振り上げ
バシッとゴキブリを叩くのです
そういう家系が延々と続きます
子供は親の真似をしているだけ
幼い子供に対する親の反応はとても大きな影響を持っています
まさに刷り込みというものですが
親の示す態度
親の反応の仕方というものを
子供は全部学び 学習していきます
どのようなことも子供は親のやった通り
言った通りに真似をしていくのです
親の指導の通り教育の通りに育っていくのではありません
親のやった通りに真似をし
そのようなやり方を身につけていきます
もし本当に 自分の子供を愛しているのなら
その子供のために そして子供を愛しているのなら
そして子孫を愛しているのなら
その子孫のために絶対に暴力的な方法論
暴力的な解決方法を教え込んではなりません
子どもは褒められたくて生きている
しかし褒め方にも技術が要ります
褒め方には二種類
一つは他人と比べて良い成績を取ったから偉いねという褒め方
もう一つは優しいから大好き
私は あなたの優しさが大好きよという褒め方
他人と比べて良い成績を取ったから
あるいは運動会で一等賞になったからすごいねという褒め方は
実はその子のすべてを褒めていることではありません
他人と比べて順位が良かったから成績が良かったから褒めるというのを条件付きで褒めるといいます
その子の成長を願って 褒めるというのであれば
その子が人格的にどのようなものを持っているかで褒めた方がいい
例えば他人と比べられないようなもの
温かさ優しさ思いやり柔らかさとか
協調性そういうものを評価してあげる
子供が不登校なんですという相談に対して
正観さんは不登校だから何なのですか
不登校を問題だと思わなければ別に何も問題ないではないですか
と言っていました
子どもはいろんな事情を勘定して自分で最善の道を選んだ結果として
不登校という道を選びました
何が事情があるのでしょう
親に言えない事情
先生に言えない事情もあるのかと思います
それに対しそれはそれでいいよと
言ってあげることが親として一番楽な態度だと思うのです
思いを持たずに応援する
子供に対して 親がどう育てるか子供にどうなってほしいかという思いが強ければ強いほど
子育ては大変なものになる
実はこの想いを持たず
子供が自分で伸びていく力をただ見守るだけ
そのままを認めて応援支援をしていく生き方に徹することができたら
親子の問題は生じない
例えばピアノのコンクールで一位にならないとダメ
と考えていれば つらいことが始まります
親は説教によって 子供を育てているわけではありません
親の生きている態度
物事に対する反応を子供は全部見て覚えていきます
その通りに刷り込まれます
ですから親はありとあらゆる反応を
子どもの前で否定的なものにしないこと
肯定的なものにすること
すべてを喜びに捉え
幸せに捉えられるような考え方感じ方を子供に示していくと良い
そうすると子どもはより肯定的なものの考え方になり
喜びをいつも見つけたくさんのものに感謝する人になります
親は言葉によって説教はできませんが生きている手本見本になるのです
子供は母親の話し相手として生まれてきた
この40年の間に三歳児の子供と会ったことが20数例あります
この子どもたちは 親の報告により生まれる前の記憶を持っているという子供たちでした
その20数人に同じような共通項が見つかりました
生まれる前の記憶を次のようなもので持っていたのです
・お母さんを頭の上から見下ろしていたお母さんが寂しそうだったのでこの人の話し相手をしてあげようと思ったら生まれてきた
・お母さんが楽しそうだったのでこの人の話し相手になったら楽しそうだなと思ったら生まれてしまった
・お母さんがいつも同じ男の人に泣かされていたので
この人の見方をして話し合いでになってあげようと思ったら生まれてきた
いつもお母さんを泣かしていた人は今のお父さんだった という話です
名前に 「ん」の字を最後に持っている人というのは
どうも庶民的な人気を得られるというような宇宙の法則を感じられます
では「ん」がついてない人はどうすればいいか
それは くん・ちゃん・さん
どれも全部終わりが「ん」の字になっています
子どもの名前を呼ぶ時に呼び捨てにするのではなく
子どもの名前に「ん」の字をつけるという意味でも
くん・ちゃん・さんをつけて読んでみたらどうでしょう
疲れる母親になるには
感情的な母親を子供は嫌うし軽蔑をします
感情的というのは自分の感情をコントロールできないということです
自分の感情をコントロールできない大人は大人とはいえません
子どもは 自分で制御できない感情を
母親なり父親が制御できているのを見るとものすごく尊敬します
その状態を大人と言います
逆に感情が制御できない状態を子供というのです
そのような尊敬している人から手伝ってと笑顔で言われたら
子供は素直に聞いてくれることが多いのでしょう
ヤマアラシジレンマという言葉がありますが
人にはそれぞれ自分の領域が存在します
誰しもそこに勝手に踏み込んではいけません
相手が子供でなく
夫や妻であっても同様 相手のすべてを知ろうとせず相手を信頼すること ですから
子供の日記やメールを読むことは やめておきましょう
皆さんの中には子供に対し努力していい学校に入りなさいと言っている人も多いと思います
私は自分の娘に対して
努力して成績などをあげなくてもいい
それよりも愛される人になりなさいと言って育てました
人柄が愛されれば
その人は社会で容易に生きていけるからです
いい学校に入っても楽に生きていけるわけではありません
優秀だけれど周囲の人とぶつかってばかりの人と
優秀じゃないけど周囲の人に愛される人どちらが
楽に生きていけるでしょうか
男はいくら正論で言っても聞いてくれません
例えば男は服を脱ぎぱなしにします
ではどうすれば男は自分の服を脱衣所で
一か所にまとめて脱いでくれるか
それは正論ではなく
女性のことを夫が好いてくれているかどうかだけなのです
男は好きか嫌いかの基準だけで動いています
男の方が感情的と言えるでしょう
女は好き嫌いよりも正論を優先するのです
女の方が理性的です
男は感情で動いています
それも自分が好きか嫌いかで物事を判断しています
妻の言うことが正しいかどうかではなく
妻のことが好きか嫌いかで男は動くのです
妻がにっこり笑って
あなたのその脱ぎ方が素敵 だから私はあなたに惚れたのよと
言ってごらんなさい
男はそう称賛されると馬鹿だから妻のことが好きになります
自分が好きだと思うこの女性の辛そうな顔を見たくはなくなります
好きな相手の女性から 一か所にまとまって脱ぐのを見たいと言われるとわかったと言ってくれるのです
男は正論だから聞くのではない
ここの所が理解できてくると男の扱い方はとても楽になります
子供で言えば 男の子がその子の
男の子が母親を好きだと勉強も良くするお手伝いもしてくれます
プレオパトラが持っていた三つの特徴
① 当時 地中海沿岸で使われていた
八つの言語を全部話すことができた
②部下に対しての仕草が優しく
強圧的ではなかったので部下からとても信頼されていた
③声がまるで鈴を転がすようないい声であった
容姿は標準以下だったらしい
見てくれで勝負したのではなく
自分の持つ三つの特徴を使って権力者を虜にしていき
エジプト王朝を守った人らしいです
正観さんの合宿で 一泊だけする人もいれば
四泊すべてしていく人もいた
一泊だけしていく人は必ず
正観さんに質問を浴びせかけてきた
四泊で泊まる人は一回も質問しない人が多い
ある共通項が見えてきた
どうやら人生をせわしなく生きている人ほど
悩みが多いらしい
いつも何かに追われていて何かをしなくてはいけなくて
いつも悩み苦しみを抱えているようです
結局なぜなのか
なんでこうなるのか と問いかけてばかりいる人
は問いかけるという形をとって否定していることに他なりません
生徒に勉強しろといっても
生徒たちは勉強しないつまり
先生の言うことを聞かないその理由は
生徒たちがこの先生にはついていきたくないと思っているから
勉強が好きか嫌いか以前の問題
もしもこの先生の言うことを聞きたいと思ってもらえるような魅力や力というものがその先生にあったら
生徒は勉強をするのです
その先生が好きな先生で
いい先生だなと共鳴共感を覚える時
その先生に好かれたいと思うのです
子供を抱きしめる
ある小学校の女性教諭の話
彼女は新しく小学2年生の担任を任されました
とても荒れていた学級を任されたそうです
その荒れ方と言ったらひどいもので
授業中歩き回る生徒がいたり
グラウンドに遊びに行ったり
何か物を食べていたり
携帯電話で喋る生徒もいた
先生の言うことを全く聞かない学級でした
そこで新しく担任になったこの先生は
せいかんさんの講演会で聞いた
抱きしめ療法を取り入れた
荒れている生徒一人一人を抱きしめて
大好きよというようにした
ずっとやっていったら 学級が変わっていった
なぜその抱きしめ療法をやり始めたかというと
正観さんが講演の中でこんな話をした
小児科のある病院の先生のところに
子供が熱を出したと言って運び込まれてきます
その時に大変でしょう辛かったでしょうと言いながら
先生はその子供を30-40分抱きしめます
すると半分以上の子供が熱を下げたというのです
つまり 親に抱きしめられる時間が少ない子供が病気になったり
熱を出したりするらしい
ということをその小児科の先生が書いていた
