手にとるように宗教がわかる本を読んだ感想

この本を読んでの感想は、
これは、仏教をテーマにした歴史の教科書であるといっても過言ではないくらい、非常によくまとめられています。
日本だけでなく、海外や中国など多岐に渡っていますし、
年代も紀元前から現代にまでと、幅広く網羅されています。

この本によってわかるのは、いったい宗教とは何で、どのように始まり、何のために有るのかといった根本的なことから、

各宗教が、時代ごとにどんな背景があって、成長していったのかが、書かれています。

宗教について詳しく知りたい人はおすすめです。

キリスト教・仏教のルーツも詳しいし、
日本では、修験道やら神道やら辺りから、
仏教の各宗派のことなんかも書かれています。

以下、自分が気になった点をメモしています。


世界宗教として成立するための三つの要件
まず考えられるのは特定の人たちのみが救済されるのではないという点です
ユダヤ教の場合は
ユダヤ教を誓った人だけが救われるという思想がベースにあります
それではダメなのです。
また何より大切なのは文字の読めない民衆にも理解でき
神との精神的なつながりを確信できることです
キリスト教イスラム教
仏教という世界宗教は
これらの要件を備えていたからこそ 民族の垣根を超えることができたのです

釈迦は自らを神と呼ぶこともなく
また預言者でもありません
初期の仏教は
あくまで釈迦が自らの苦しみから逃れ
真理に気づいた過去を説いた精神論でした
その段階では キリストが成立時に持っていたような宇宙観も、死語の世界のイメージもありません
密教に代表されるような多神教的な仏教は
後の後継者たちが
新会社を加えていた結果です
仏教はまたキリスト教やイスラム教のように
国家権力と結びついて
宗教戦争という名の領地獲得戦争を起こすことはありませんでした
仏教を保護する君主はいても
仏教を広めるために戦争を起こした王はいなかったのです

仏教も神秘思想を派生させました
仏教における神秘思想が密教です
空海が日本に伝えた真言密教は日本において根強い人気を持っていた
修験道という山岳信仰と結びついたこともあり平安時代には大流行しました

日本の宗教は
神道と仏教が混々して進化していきました
でもインドほどには 輪廻の考え方は定着していません
神道には 固有の教義や教典がありません
どうして人間がそこにいるのか
死んだらどうなるのか 聖書や仏典と違って
その点は明確にしていないのです
現世を如何に清く生きるかを解くのみ
なのかも知れません

釈迦は、当初自身の悟りを元に
他の人に布教しようとか
教団を起こそうという意志はありませんでした
悟りは言葉で説明できるようなものではない心の状態です
本人が実体験するほかない
としか言いようがありません
悟りを終えた釈迦の前に
梵天が現れ あなたの得た悟りへの道を
他の人にも説きなさいと勧めたとされています
そして五人の仲間に説法を行い共感を得て
ここに釈迦の教えを広める最初の教団 サンガが誕生したのです

晩年
病に倒れた釈迦はクシナーラの地で
東西南北に 二つずつ茂った沙羅双樹の間に北枕で横たわり 顔を西に向け
集まった弟子に諸行は無常
怠ることなく努力しなさいと告げ
死を迎えました
釈迦は生前
私を崇拝してはいけない
葬儀は行わなくても良いと伝えていたようです

ブッダと イエスの基本思想には
決定的な違いがあります
キリスト教などの一神教では
神が天地を創造することから世界が始まり
神なくして一神教も人間も存在しません
対して釈迦は自分の周りにあった
苦から逃れるための法則に気づいたにすぎません
神でも預言者でもないのです
仏教は釈迦がたどり着いた境地を最高とします
つまり仏教は基本的に釈迦に対する信仰ではないのです
では何に寄与するかというと
それはこの世の成り立つ法則を信じるものであり
それを法 (ダルマ)と呼びます
シャカの教えは徐々に拡大解釈されていき
仏教はどんどん変容していきます
キリスト教やイスラム教では
聖典は一つに定まっていますが
仏教では次々と仏典が作られていき
新しい教えや考え方が生み出されていきました
崇拝の対象も多様化してきました

仏教の五戒
①不殺生戒 生き物を殺さない
②不偸盗戒 他人の物を盗まない
③不邪淫戒 自分の妻夫以外と性交しない
④不妄語戒 嘘をつかない
⑤不飲酒戒 酒を飲まない

原始仏教の分裂
財産を持つかどうかで 意見が別れました
釈迦の道を行くグループには教団の長老が多く
上座に座ることが多かったために上座部仏教 として
たもとを分かつ事になりました
柔軟路線で行く 大勢派グループを大衆部(大乗仏教) として袂を分かつ事になりました
また大衆部の人達は
大きな乗り物に乗った 大乗仏教とし
長座部は自分だけしか救えない小さな乗り物に乗った
小乗仏教であると揶揄をしました

上座部仏教の諸派はスリランカや
東南アジア方面に伝わり
今もタイやミャンマーなどでは
釈迦の伝統を守り 出家して寺院に入って
修行を行う僧侶を
在家の信者が托鉢により支える姿が残っています
在家の信者は出家者をサポートする事で
その功徳を 現世利益として受け取ることができると考えます
よってタイなどの仏教国では
僧侶は 修行以外、世俗の労働は一切しませんが
在家信者から非常に尊敬されています
一方、大乗仏教では独自の仏教世界を構築し
経典にしていきます
そして大乗仏教の教義が経験として整備される中で
出てくるのが如来・菩薩という悟りの段階でした

日本はこの出家者のみが救済される
出家至上主義ではなく
いかに大衆を救済するかを追求した
大乗仏教が伝わりました

仏教の中心に
空と並んであるのが
縁起 という概念です
縁起とは
一切の出来事には
原因と 縁があり
この二つが作用して生じるものであるから
固定したものや普遍のものはないという考えです
このような苦しいなら
苦の原因を考えそれを捨てればよいというのが
仏教の極意とも言えるでしょう
仏教では原因を変えれば
結果も自らの意志で変えられると考えます
もともと仏教が帰依する対象はダルマ (法則性)であり
宇宙と自我は本来統一 梵我一如と考えています

また中国の道教が
今生きているこの世を
いかに楽しく楽に生きるかを追求していたのも
仏教とはなじまない要素の一つでした

大乗仏教は 衆生をすくう、利他の教え なので
どうすれば他を律することができるか
ということが経典で解かれているテーマです

初代・桓武天皇が 征服事業を開始
ニニギの子孫は
高千穂から領土拡大のため
東征を開始します
奈良の敵を閉廷した、イワレビコは
桓武天皇として即位
この日は 現在 建国記念の日として祝日となっています

日本の神話の特徴
①神は人格心
人間 と同じ行動原理
感情多面
畏敬の神は少ない
②悪神がいない
善と悪の対立構造がない
③ 絶対神がいない
④ 教義が曖昧
神道との直接的な関連がない

仏教伝来と聖徳太子
日本に中央政府が成立するのは飛鳥時代です
この時期の日本は大陸から来訪する人々によって
急速に国際化していきます
そして 仏教が伝来します

中国の高僧
鑑真の来日
鑑真は失明をも乗り越え
日本に仏教の本格研究 僧侶育成期間をもたらした
754年に 平城京へ来訪した

最澄と空海は
共に 留学生として
804年 別ルートで 唐に渡ります

山岳信仰を吸収して修言道が成立
日本では仏教など
外来の宗教が伝来する以前から
山岳信仰がありました
葛城山・高野山・白山・御獄山など
霊的な力を感じさせる山には神が住む
あるいは山そのものが神として祀られてきたのです
山に分けいる修行は
仏教にも取り入れられ
最澄や空海も山で修行を行っていました
こうして 山の中で荒行を行う修行により
人知を越えた超能力を得て
悟りを目指す日本独自の修験道が成立します
修験道の修行者は山伏と呼ばれますが
文字通り 山を駆け回り
山に伏してその霊力を自らに移すのです

修言道を会得するための修行は
山を駆け回り
滝に打たれ
火渡り・刃渡りなどを行う 秘密めいたものでした

仏教が広まり天皇や貴族の信仰を得ていく中で
解決しなければならない問題がありました
それは日本古来の神と
外来で伝わった仏教の仏たちをどういう関係におくかでした
そこで昔の日本人は
どちらかを排除するのではなく経典や
経典をもたない神道の柔軟性を生かし
日本の神は 仏が仮の姿となって現れたと考えました
この考え方は 本地垂迹(ほんじすいじゃく) と呼ばれました

地震や台風、落雷といった天災のメカニズムを知らない
古代の日本人は神が怒ってそれを引き起こしていると考えていた
またこの世に降り注ぐ災いは
無念の死
非業の死を遂げた人の怒り
たたりであるとも考えていました
古代の日本は 日が沈んでしまえば
月明かりだけが頼りの 暗闇です
底知れぬ闇の中に天皇や貴族は
悪霊や鬼を見たのです
天皇や貴族は宗教の神秘的な力を借りて
悪霊から逃れようとします
怨霊退散の祈祷を依頼するような ことが本当にあったのです

平安貴族社会
最大級の怨霊事件が菅原道真の怨霊です
菅原道真が 無念の死を遂げると
平安京に災いが降りかかります
災害などが起こったり
道真を退けた当事者達が次々に死亡したのです

性欲に苦しんだ親鸞
法然より少し遅れて比叡山に登ったのが親鸞です
彼もまた 仏教に落胆し
山を降りました
このころ29歳であった親鸞は
性欲への激しい衝動に悩まされてもいました
聖徳太子ゆかりの京都の六角堂にこもった親鸞は
救世観音(くせかんのん・ぐぜかんのん)聖徳太子の化身)の発言を聞きます
夢に現れた観音菩薩は
もしも修行者であるあなたが女性を求めるなら
玉女となってそいとげ
あなたを浄土へと導こう
この考えを人々に解けと語りかけます
このお告げを聞いて親鸞は
修行の妨げとされてきた人間の煩悩の解決に
光を見いだしたのです
つまり 妻帯や肉食といった仏教では
ご法度とされるような行為を行ったとしても
救われるのではないかということに気づいたのでした

親鸞は 善とは何か悪とは何かを
激しく問い続けた人でした
自分が性欲に悩んだように
人間というものはどうしようもない
拭い去れない煩悩とともにあるものでもありました
今日 善とされているものであっても
明日は悪となるかもしれない
善とはそういう不安定なものなのだ
ということに気づいたのです

自ら修行することで
悟りを開くという自力本願の仏教は
平安時代に流行した密教や
修験道で頂点を迎えていました
一方 念仏だけで往生できるという 教えは
仏の力を借りることから
他力本願と呼ばれます
そして親鸞の 心があれば救われるという考え方は
他力本願をさらに推し進めるものとして
絶対他力本願と呼ばれます

禅もまた中国からの直輸入でした
禅は 菩提 だるまにより
中国に伝わり 禅宗が確立しました

戦国時代に持ち込まれたキリスト教は
西の国を中心に大衆にまで
信徒を獲得していました
日本至上
最もキリスト教が受け入れられた時代といってもよいでしょう
キリスト教に対して徳川家康は
政権を取った初期は寛容な態度でしたが
1612年にはキリスト教を禁止しました

キリスト教は
罪を悔いやるため神の国に行くことを目標とし
永遠の幸福を願う宗教です
ただし天国の反対概念である地獄の存在は
聖書にははっきりと書かれていないため
イメージも明確ではありません
地獄という概念は
キリスト教がローマ帝国の 中で
教会の勢力を拡大していく際に形作られて行ったのです
地獄の観念が必要だった背景には
教会に敵対するものは地獄に行くぞ
という脅しのようなものが
有効であったと思われます
また仏教でも地獄は後付けで作られました
仏教では釈迦の時代には極楽浄土も地獄もありませんでしたが 輪廻思想を体系化し地獄の具体的イメージが形成されます

キリスト教や仏教は 国からの 寄進があったからこそ
広がったともいえますし
イスラム教は 富めるものから貧しい物への喜捨を
教義に取り込むことで
爆発的に信者を伸ばしたのは歴史の事実です
しかし 新興宗教によっては
寄付を強要する ことも見られます
また 原価の不明な仏壇や
神棚の購入を迫るものから
ご利益のあるお守り
石 水
霊薬などを定期的に販売することで
収益を得る新興宗教もあります
それが信者の幸福につながったり
社会貢献にまわっていれば健全であると言えますし
収入が教祖や教団幹部に集中し
彼らの贅沢のために回ったりすれば
それは否定されるべきなのです