釈迦の教えは感謝だったを読んだ感想

この本について、私が最大の魅力(ポイント)は、2つある。

それはズバリ、正観さんが
般若心経をわかりやすく、一文ずつ(くらい)解説してくれていること。

しかも、そのへんの難解解説ではなく、
ほんと高校生でもわかるくらいの優しさで解説されている。

もう一つのポイントは
釈迦の教えは、色即是空の「色」は捉え方というところ。

事故でも、つらいという捉え方をすれば、本人は辛くなる。
しかし、事故を起こして、講演家となって引っ張りだこの人もいる。
その人は、事故が「つらい」とは捉えておらず感謝となる。
つまり、もともとは「空」(なんにもない)ただ、個人が「ああだこうだ」と捉えている(色付けしているだけにすぎない)だけにすぎない。

この点が、やはりお釈迦様の本当のいいたかったことをわかりやすく伝えているのが正観さんらしいなと思う。

ちなみに小林正観は宗教家ではありません。

以下、私がメモした部分です。

1995年~96年頃から、正観さんへの相談内容が変わってきた。
それは自分の悩みから、人の悩み(夫、姑、子ども、上司が困った人など)

お釈迦様も、他人の問題を持ち込まれたら、黙って目を閉じて、結跏趺坐して瞑想に入ったという。
その文を読んで、正観さんもやたら納得したという。

努力の「努」は、奴隷の「奴」に力と書く
つまり、嫌なことを無理やりやらせることが本来の言葉の意味

(仏教の)苦は思いどおりにならないこと

般若心経はもともと、難しくはない
しかし、仏教寺院の一部が、「思いを持ちなさい」と説き始めた。
それは、強く願いを持てば叶う。なので仏教寺院でお願いしなさい。護摩焚きをしなさいと繋がる。お金を稼ぐ場へと変わってしまった。
そのことが、般若心経を解説できない(難しくしてしまった)
本来、お釈迦様の意図は、「思いを持つと苦しくなる。手放すとラクになる」この意味。

釈迦はおそらくIQ300超えているのではないか

IQが200を超えると、髪の毛がチリチリになるらしい
天パの人ほど頭がいいらしい

血縁に縛られている間は心理に到達できない。
だから釈迦も、家族や子どもを捨てて家を出た。
このことから仏門に下ることを出家という

目の前の出来事に感想を言わないと自分がラク

受け入れる方向が楽しいと、受け入れやすくなるでしょう。
例えば、ガンで最後になにかしようと思った時に絵を描き始めた。それが楽しくて、称賛されるようになった→ガンになって良かった)

「ありがたし」を初めて言ったのは釈迦
法句経の「人の生を受くるは難く、限りある身の今 命あるは有り難し」という文がある。

宮廷絵画、宮廷音楽に今も残っているほとんどのものが、依頼されて作ったもの
つまり自分の欲求から作ったものではない
人は頼られると、高いレベルの仕事になる

歌や絵がうまいから、売れるということにはなっていない。
売れるのは、その歌や絵を観た時、聞いた時に癒されるかどうか、安らぐ人が多いかどうかが評価を得る

スポーツでも、正々堂々が神さまから好まれる。
不思議と、フェイントが多いバレーボールのチームでは、勝つことが少ない

祈りは本来「意」に「宣」(のり)と書いた
願いも「ねぎらい」からきている

神社はありがとうを言う場所

釈迦の教えに「経」の文字を当てたのは玄奘三蔵。経には「縦線」という意味がある。
これはつまり、経という縦線(教え)に、
実践という横線をしないと、織物ができないように、仏教も成り立ちませんよと、意味を込めたかったのではないか。