稲盛和夫さんの「生き方」を読んだ感想


これはある人から薦められた本でした。
稲盛和夫は京セラの創始者です。

経営理念について、素晴らしいことをたくさん言われていますが、
意外にも、善意というものを重要しされています。
とくに、自分だけが儲かればいいという自利は必ず失敗に終わり、相手を喜ばす利他だと必ずうまくいくようです。

経営理念だけでなく、人間の本来の生き方を
東洋思想のベースで説かれているところが興味深かったです。
東洋思想というのは、おそらく稲盛和夫さん御本人が65歳にて得度(出家)されたがゆえだと思います。

以下、メモした部分です。

多くの人が生きる意味や価値を見いだせず、人生の指針を失っている。
自由なはずなのにどこか閉塞感がある
そういう時代に最も必要なのは、「人間はなんのために生きるか」哲学を確立することが必要

人生の目的はどこにあるか
それは心を高めること、魂を磨くこと
生きている間は欲に迷い、とまどうのが人間
際限なく財産や地位や名誉を欲しがり、快楽に溺れる存在
しかし、物質は現世限りであの世へ持つこすことはできない
その中でたった1つ滅びないものがあるとすればそれはたましい
なので、この世へ何をしに来たのかと問われたら迷いもなく、生まれたときより少しでもマシな人間になる、美しく崇高な魂をもって死んでいくため

苦労とは己の人間性を鍛えるための絶好のチャンス
試練を機会として捉えることができる人、そういう人こそ、限られた人生を本当に自分として生きていける

魂というものは、生き方次第で磨かれもすれば曇りもするもの
私達の心は気高くもなれば卑しくもなる

古来より「才子才に倒れる」というとおり、
才覚に溢れた人はそれを過信してあらぬ方向へとすすみがち
それを正しい方向にすすむ指針となるのが、理念・思想・哲学
これらが不足し、人格が未熟であれば、折角の高い能力をいかすことができず道を謝る

人格というものを、「性格+哲学」で表せると私は考える

モラルや道徳に反することをして、うまくいくことなど一つもあるはずがない

お釈迦様は悟りの境地に達する修行法の1つとして、精進することの大切さを問いている。
精進とは一生懸命働くこと、目の前の仕事に脇目もふらず打ち込むこと
これが人格を鍛錬するために最も大事で一番有効な方法

労働には、欲望に打ち勝ち、心を磨き、人間性を作っていくという効果がある。単に生きる糧を得るという目的だけでなく、副次的な機能があるのです。
二宮尊徳は、生まれも育ちも貧しく、学問もないただの農民だった
働き続け、疲弊した農村を次々と豊かな村に変えていった
その業績をたたえられ、徳川幕府に雇用された
立ち振舞は、いっぺんの作法も習ったわけではないにも関わらず、真の貴人のごとく威厳に満ちて神色さえ漂っていた。ゆえに仕事が一番の精神修行

人生とは
考え方×熱意×能力

考え方とは
心のあり方や生きる姿勢
これまで記してきた哲学、理念や思想

・プラス思考の考え方とは
常に前向きで建設的であること感謝の心を持ちみんなと一緒に歩もうという協調性を有していること
明るく肯定的であること
善意に満ち、思いやりがあり、優しい心を持っていること
努力を惜しまないこと
足るを知り、利己的でなく強欲ではないこと

仏教には 「思念が業をつくる」という教えがある
業とはカルマとも言い現象を生み出す原因となるもの

人生は心に描いたとおりになる強く思ったことが現象となって現れてくる
人生で数々の体験から確信するにいたった絶対法則

よい心 とくに世のため人のためという思いは宇宙が本来持っている意思と考えられる

ですから、全てに対して「よかれかし」という利他の心
愛の心を持ち、努力を重ねていけば、宇宙の流れにのって素晴らしい人生を送ることができる
それに対して人を恨んだり憎んだり自分だけが得をしようと言った私利私欲の心を持つと、人生はどんどん悪くなっていく

研究者が一様に創造的なひらめきを、あたかも神の啓示のごとく受けた瞬間があることに驚く
それにはどうすればいいか、それはやはり燃えるような情熱を傾け真摯に努力を重ねていくことしかないのではないか
何かを得ようと良い思いを抱き、一生懸命頑張っている人に神はいく先を照らす照明を与えるように知恵の蔵から一筋の光明を授けてくれるのではないか。

松下幸之助さんの講演を初めて聞いた

まだ後年ほど神格化されてないときに松下幸之助さんの講演を聞いた
有名なダム式経営の話をされた
ダムを持たない川というのは大雨が降れば大水が出て洪水起こす一方、日照りが続けば枯れて水不足を生じる
だからダムを作って水をため、天候や環境に左右されることのなく水量を常に一定にコントロールする。
それと同じ用に、経営も景気の良い時こそ備えて蓄えておく。

それを聞いて何百人という中小の経営者が不満の声がさざなみのように広がった。
「何を言っているのかその余裕がないからこそ、みんな毎日汗水垂らしているのではないか。我々が聞いているのはどうすればそのダムが作れるのか」

質疑応答のとき一人の男性が質問した。
「どうすればそれができるか教えてくれないとこまる」

松下さんは苦笑いをうかべて、しばらく黙っていた
それからポツリと、「そんな方法は私も知りませんのや、知りませんけども、ダムを作ろうと思わんとあきまへんな」
失笑がおこった。失望も

しかし稲盛和夫さんは電流が走った。真理を言っていたから。つまり、まず事をなすには「思い」が先であり重要

冒険家 大場満郎さん

大場さんは世界で初めて北極と南極を単独で徒歩横断した
その冒険に京セラの製品を提供したことから、お礼にとおおばさんが尋ねてきてくれたことがあった

「いえ私に勇気はありません、それどころか大変な怖がりなんです。臆病ですから最新の注意を払って準備をします。今回の成功の要員もそれでしょう。逆に冒険家が大胆なだけだったら、それは死に直結してしまいます」

稲盛和夫さんは、失敗と挫折の連続で、何度も痛い目にあいながら、その法則を思い知らされたというのが実情
結核で血を吐いた時に、隣のおばさんが、谷口雅春さんの「生命の実相」という本を貸してくれた

人生のドン底から這い上がるには
心の持ち方を変えた瞬間から、人生に転機が訪れ、それまでのあ苦循環が経たれて好循環が生まれだした。

たしかに運命というものは、私達の人生に存在する。
しかしそれは人間の力では抗えない宿命なのではなく、心の在りようによって、いかようにも変えていける。
運命を変えていくものは唯一つ私達の心であり、人生は自分で作るもの
東洋思想ではそれを立命という言葉で表現。

筑波大学名誉教授の村上和雄 教授は、
火事場の馬鹿力にとてもわかりやすい解説↓
極限状況で発揮される人間の力がなぜ普段は眠っているのか
それはそうするための遺伝子の機能が通常はオフになっているからで、このスイッチがオン状態になれば、普段でも火事場の馬鹿力を発揮することは可能
オンにするには、プラス発想や積極思考などの前向きの精神状態や心の持ち方が大きく作用している。
想いの力がわたしたちの可能性を大いに広げるということが遺伝子レベルでも解明され始めている。
人間の頭で、「これをした」「こうあってほしい」と考えられるようなことは遺伝子レベルで見れば、たいてい可能な範囲にあるらしい。
つまり思ったことは叶えられる能力が私たちの中には潜在している

京セラもこれまで優秀で利発な人間がたくさん入社してきたが、そういう人に限ってこの会社には将来がないとやめて言った。したがって残ったのはあまり気の利かない平凡で転職する才覚もない鈍い人材ということになるしかし、その人達が十年後、二十年後には各部署の幹部となりリーダとなっていく
平凡を非凡に変えたものは何か、一つのことを飽きずに続けた力

中坊公平
弁護士団長にあったとき、事件に取り組むうえで最も大切なことはなんですか?と聞いた所
「事件の鍵はすべて現場にある、現場には神が宿っている」これには稲盛和夫さんも納得、たとえ京セラなどのものづくりの現場であっても、現場には神が宿っているということが多々あった。

「有意注意」という言葉がある
意を持って意を注ぐこと
つまり、目的を持って真剣に意識や神経を対象に集中させること
無意識の反応は無意注意
有意注意は、どんな些細なことにも、自分の意識を意図的に凝集させること
中村天風は、この意を持って意を注ぐことの重要性を強調され、有意注意の人生でなければ意味がないと言った

人生とはドラマであり、私たち一人ひとりがその人生の主人公です。それだけでなくそのドラマの監督、脚本、主演、全て自分自身でこなすことができる。
又、その用に自作自演で生きていくほかはないのが私達の人生というもの

人生では、知識より体得を重視するということも大切な原理原則
言い換えれば、「知っている」ことと「できる」ことはイコールではない

大宇宙から見れば、一人の人間の存在など本当にちっぽけなものかも知れない
しかし、どれほど小さなものであろうと我々はみんな必然性があってこの宇宙に存在している。
どんなにとるに足らない命といえども、また、無生物であろうとも宇宙が価値があると認めているからこそ存在している。

アフリカの乾いた砂漠でも、年に一度か2度雨が降ると言います。その雨がもたらされるやいなや、やはりすぐに植物が芽を出して、急いで花を咲かせる。そして一、二週間という本当に短い間にタネを宿して、次の雨まで厳しい熱に耐えるように、次世代に引き継いでいく
正に自然界ではすべての命が、与えられた時間、精一杯 真剣に生きている

どんな仕事でも、一生懸命打ち込めば良い成果が生まれ、そこから次第に楽しさ、面白さが生じてくる、面白くなればさらに意欲が湧き、また良い成果を生む。その好循環のうちに、いつしか仕事を好きになっている自分に気づく

広中平祐
ここに信号のない平面交差の十字路がある
信号がないために四方から車が流れ込んで、進むも退くもままならない大混乱が起きている
このままでは、この混乱を解決する事ができない
しかし、それは平面交差という二次元の世界の中で答えを見つけようとしているから。
ここに高さという要素を加える
すなわち三次元の視点を持ち込むとどうなるか
ようするに一見 複雑に見える現象も単純な構造の投影に過ぎないことが多い
そこで視点を変えてあるいは 次元をあげて問題を見つめ直したとき、その答えが実に明快に導き出される

どんな人間のどんな才能も天からの授かりもの、いや借り物でしかない
したがって、どのように優れた能力も
それが産み出した成果も、私に属しながら私のものではない
才能や手柄を私有、独占することなく、
それっを人様や社会のために使う、つまり己の才能を公に向けて使うことを第一義念、私のために使うのは第二義とする。謙虚という美徳の本質はそこにあると思う。

ここで言う考え方とは生きる姿勢、つまり哲学や思想、倫理観などのことでありそれらを全てふくめた人格のことでもある
謙虚という徳もその一つに数えられる
その人格が歪んでいたり邪なものであればいくら能力や、熱意に恵まれようが、もたらされる結果の負の値は大きくなってしまう

現在の日本社会では、リーダー個人の資質より、リーダの選び方に問題がある
というのも、人格より才覚を選んできた
成績のいい人間が選ばれるのが代表例
戦後の日本を覆い尽くしてきた経済成長至上主義が背景にある

西郷隆盛も「徳高き者には高き位を、功績多き者には報奨を」と述べている
功績にはお金で、人格の高い人ほど、高い地位に。
独特の崩壊 モラルがかける時代だからこそ必要

心を高めるということはどういうことか
決して悟りの境地(至高の膳的境地)ではなく生まれたときよりも少しでも美しい心になって死んでいくこと。それこそが生きる目的

どうすれば心を磨き、魂を高めることができるか
1誰にも負けない努力をする
2謙虚にして奢らず
3反省ある日々を送る
4生きていることに感謝する
5善行、利他行をはげむ
6感性的な悩みをしない
いつまでも不平を言ったり、しても仕方のない心配に囚われたり、くよくよと悩んではいけない

福がもたらされたときだけでなく、災いに遭遇したときもまた、ありがとうと感謝する
そもそも自分が生きている、生かされているそのことに対して感謝の心を抱くこと。
その実践が私達の心を高め、運命を明るく開いていく第一歩となる

必要なのは、何があっても感謝の念を持つのだと理性にインプットしてしまうこと
感謝の気持が湧き上がってこなくても、とにかく感謝の思いを自分にかす。
つまりありがとうといえる心をいつもスタンバイさせておくことが大切

満足、不足とは
単純に多くを得れば満足で、少なければ不足といえるのか。
物質的にはその通り、
しかし、同じものを得ても、足りなく思う人もいれば満ち足りる人もいる。
少ないものでも足るを知る人もいれば、
いくら得ても飽くことを知らない人もいる。
不平不満の絶えない人がいる一方で、どんな時でも心が満ち足りている人もいる
あくまでも心の問題
物質的にはどんな状況でも、感謝の心を持てれば
満足感を味わうことができる

素直な心とは自らの至らなさを認め、底から惜しまず努力する謙虚な姿勢のこと
人の意見をよく聞く大きな耳、自分自身を見つめる真摯な目。

欲望、愚痴、怒りの三毒
三毒を断ち切るには、欲をはなれること
三毒を完全に消すことはできなくても
それらを自らコントロールして抑制するように務める

欲を抑えることは利他の心に近づくこと
その利他の心が生まれたとき、人間は欲に惑わされずに生きられる

世のため人のためというきれいな心をベースにした思い、願望というのは必ず成就する
逆に私利私欲に基づいた濁った願望は、一旦は実現できても、一時的な成功で終わる

天網恢恢に疎にして漏らさず((てんもうかいかいそにしてもらさず)
見てないようで、人間のすること、思うことの理非曲直を神さまというのは実によく見ている

私は人間が本当に心からの喜びを得られる対象というものは、仕事の中にこそあると思っている

禅宗では、食事の用意から庭掃除まで、日常のあらゆる作業を行う
それは、坐禅を組むことと同等レベルに位置付けされる

悟りを開く方法としてお釈迦様がといているのが六波羅蜜

イチロー選手は、小学生の頃から大リーガーを夢見て、1日も休むことなく素振りを繰り返していた

マッカーサー
日本人の労働観について述べた
日本の労働力は量的にも質的にも、いずれの国にも劣らぬ優秀なものであるばかりか、
日本の労働者は、人間とは遊んでいるときよりも働いているときのほうが幸福であるという、
労働の尊厳を見出していた。

利他の心とは、仏教でいう「他に善かれし」
家族のために働く、友人を助ける、親孝行をする
影響力に差はないとする(どんな小さなことでも、どんな大きなことでも利他の心に差はない)

円福寺のご老師が言った言葉
あるお寺で若い修行僧が老子に、あの世には地獄と極楽があるそうですが、地獄とはどんなところですか、と訪ねた
すると老子はいった
確かにあの世には、地獄もあれば極楽もある、しかし、両者には想像しているほどの違いがあるわけではなく、外見上は全く同じような場所だ。ただ1つ違っているのは、そこにいる人達の心なのだ。
老子が語るには、どちらも大きな釜があり、うどんがにえている
しかし、長さが1メートルのおはしを使うしかない
地獄ではみな我先に食べようとする
しまいには喧嘩する
みな痩せて うえている
極楽では、相手の口へ運び、どうぞという
ありがとう次はあなたの番と交互に食べる
みな満ち足りている

江戸中期の思想家 石田梅岩

商人は卑しいものとされる風潮があった
梅岩は、商人の売利は士の禄に同じ と言った
商人が利を得ることは、武士が禄をはむのと同じ正当な行為であり決して恥ずべきことではない
陰で蔑まれることの多かった商人を励ましている

利を求むるに道あり という言葉がある
利潤追求は決して、罪悪ではない
ただ、その方法は人の道に沿ったものでなくてはならない
相手にも自分にも利のあるようにするのが商いの極意
自利利他

物事というのは、善意で考えるのと悪意で考えるのとでは、おのずからたどり着くところが違ってくる
例えば人と議論するにしても、何とかやり込めてやろう、悪いのは相手の方だから、その非を認めさせてやろうと思ってやるのと、相手も困っているだろうから、いい解決策を一緒に考えようと思ってやるのとでは、同じ問題を扱っても結論は異なってくる
相手に対する思いやりのある無しがその差を生む

日米21世紀委員会
日本が率先して譲歩すべき
戦後の日本はアメリカからの多大な恩恵、食料や技術を惜しげもなく提供してくれたこと、あるいは日本製品に巨大なマーケットを開放してくれた。それで復興成長してきたから。

欲しいものが手に入らない時は、手に入る者を欲しがれという格言もある

因果応報の法則のほうが運命よりも若干強い
持って生まれた運命でさえも、因果応報の法則を使うことで変えていくことができる

安岡正篤
中国の古典 陰隲録(いんしつろく)で学んだこと
袁了凡(えんりょうぼん)という人物の話
袁了凡は予言どおりの人生を歩む。死をも覚悟したが
老子から諭され、努力によって人生を変えた

善をなすもその益を見ざるは、草裡の東瓜のごとし
菜根譚にある
善行をしても、その報いが現れないのは
草むらのなかの瓜のようなもの
それは人の目には見えなくても、自ずと立派に成長している
因果が応報するには時間がかかる

物質を形作るのは原子ですが、その原子核は陽子、中性子、中間子で構成される
その陽子、中性子を壊してみると、そこから素粒子が出てくる

物質を突き詰めると、このように素粒子に還元される
つまり、宇宙の始まりにあたり、まずビッグバンで素粒子同士が結合した。

それによって陽子や中性子、中間子が生まれ、
それが原子核を形成して電子を取り込み、原子が生まれる。

更に、核融合を通じて多種の原子が生まれ、その原子同士が結合して分子を作る。

その分子がまた結合して、高分子を形成し、高分子はDNAという遺伝子を取り込んで生命を誕生させた

さらにその原始的な生命が気の遠くなるような年月を経て進化を重ね、やがて人類のような高度な生物を生み出すに至った
言ってみれば宇宙の歴史とは、素粒子から高等生命体へと進化発展するダイナミックな過程

では、なぜそれがおきたか
素粒子は、素粒子のままでもよかったのではないか、
原子の段階でとまる選択肢もあったはず

それがなぜ人類まで進化したのか
偶然の重なりという考え方もあるが
しかし、偶然で片付けるにはあまりにも不自然
それよりも、天の意志に基づいて必然的に行われてきたと考えるほうが理にかなっている

つまり宇宙には、一瞬たりとも停滞することなく、

すべてのものを生成発展させてやまない意志と力、

もしくは気やエネルギーの流れのようなものが存在する

しかもそれは善意によるもの、生物から無生物まで一切を良き方向へ向かわせようとしている

因果応報などの法則が成立するのも、
その力に促されてのこと
森羅万象あらゆるものを成長発展させよう、
生きとし生けるものを善の方向へ導こう

それが宇宙の意志であり、言い換えれば宇宙にはそのような愛、慈悲の心が満ちている

すなわち、感謝、誠実、一生懸命働くこと素直な心、反省を忘れない気持ち、
恨み妬みしない、利他、そういう善き行為はすべて宇宙の意思にそう行為だから
それによって必然的に人は成功発展へ導かれ、
その運命も素晴らしいものになっていく。
なので宇宙の意志と同じ考え方、生き方をすればかならず仕事も人生もうまくいく

サムシング・グレート
筑波大学名誉教授の村上和雄は
サムシング・グレートという言葉で
神の存在を明言されている

遺伝子の研究をしていると、この宇宙には人知を超えた不思議な意思がはたらいているとしか考えられなくなってくる
遺伝子というのは、人間でも動物でも植物でも、カビも大腸菌といった原始的な生物であっても、

4つの文字からなる全て同じ暗号を使って、その情報が書き込まれている

人間のような高等生物が、そのようにわずか4文字で成り立っていることに驚かされる
人間の細胞の1個には、
30億もの遺伝子情報が書き込まれ、

この情報量を本に換算すると、1000ページの本が千冊分必要になる

これほどの情報を持った遺伝子が、人間を構成する60兆の細胞一つ一つに書き込まれている
更に驚くべきは、その遺伝子情報が書き込まれているDNAの微細なこと

地球全員の60億人分のDNAをすべて集めても、
たった米粒1個の重さにしかならない

これほど微細なスペースの中に、恐ろしく膨大な情報が何億 類もなく理路整然と書き込まれている

しかも、地球上に存在している生物すべてが、同じ4つの文字からなる遺伝子暗号によって生かされている

このことを考えると、まったく奇跡というべきで、何らかの偶然で自然に出来上がったものとは考えにくい
人間の想像を遥かに超えた宇宙全体を司っているなにか偉大なものの存在を想定しないと説明がつかない

村上和雄さんはそれをサムシング・グレートと名付けた
何者かわわからないが、偉大な存在のこと
人はそれを神といい、宇宙の意思と読んでいる

お釈迦様のといた六波羅蜜を毎日、日々の暮らしに絶えず心がけることが
私たちの心魂を向上させる

神や仏、あるいは宇宙の意志は、何事かを為した人を愛するのではない
何事かをなそうと務める人を愛するのです

稲盛和夫さんが、老師から言われたことば
災難にあったら落ち込むのではなくて、喜ばなくてはいかんのです
災難によって、いままで魂についていた業が消えていくのです
それぐらいの災難で業が消えるのですから、稲森さんお祝いをしなくてはいけません