図太くなれる禅思考を読んだ感想

この本のテーマは図太くなるということで一貫していて、
とても読みやすい本でした。
図太くなるとは、この本のなかでは
心が折れないしなやかさ
反応しないたくましさ
などをひっくるめた、堂々とした有り様のことです。

1テーマが2,3ページの構成になっているので
理解もしやすいですね。

曹洞宗の僧侶が書いた本ですが、
難しい言葉はほとんどでてきません。
私たちに読みやすい内容です。

ときに、一般的教養を例にあげて
わかりやすく諭してくれたり、
禅語を出してわかりやすく諭してくれたり
ためになることがたくさん書いてありました。

人間関係・人生の悩みはもちろんですが、
ビジネスで考えすぎてしまう悩みも多く解説されていたと感じます。

以下、自分がメモした内容です。

誤解を恐れずに言いましょう実は禅僧は皆
図太いんです
ただ図太いと言うと
他人の心の中に 踏み込んでいる無神経のイメージではなく
本書のテーマである図太さは
生きていく上で心を強く持っていられる
そういった態度の 源になっているのが真の
図太さです
嫌なことれ つらいことに潰されないたくましさ
苦しい状況や困難な局面に置かれてもへこんだりしない柔らかさ
その瞬間は落ち込んだりめげたりしても
すぐに立ち直れるしなやかさ
自分に批判的な周囲な声に接しても
まあいいかと受け止めることができるおおらかさ
言葉を変えればたくましい心も
柔らかい心も
しなやかな心も
そしておおらかな心も
図太さという土壌の上に培われるものだと言っていいでしょう

考えてみれば
そもそも人間関係を結んでいる相手に対して
はっきりした悪意を持って接することは
普通ないはずです
意識して邪悪な態度をとることも
そうそうあるとは思えません
そうであるならば
心ない 言葉は
うっかり口がすべって出たもの
こちらを不快にさせる振る舞いは
たまたま虫の居所が悪かったりして
とったものである可能性が高いわけです
いずれにしても
含むところはないのです
そこに悪意や 悪感情を
かき取るのは過剰反応というもの
それでは人間関係が
ぎくしゃくしてしまいます
そうは言っても 性格的に無理
と思ってもそんなことはありません
私の尊敬する 板橋さんは常々こんな事を言っておられました
禅の僧侶といっても
相手の言動にカチンとくることはあります
そんなとき板橋さんは
深い深呼吸を数回して
ありがとさん を3回心の中で唱えるのがそうです
すると怒りの感情はふっと
静まってしまうというのです
どんなつもりでこんな言葉を吐いたのかと頭で考えたら
怒りは増幅します
しかし深呼吸をしていれば怒りはしぼんで消えるのです

短所を補うより
長所を磨くことのほうがずっと効果は上がりますし
第一
取り組んでいて楽しい
一0の努力をしても 短所を補う場合は
3の効果しか得られないかもしれないのに対して
長所を磨くことは 2倍3倍の効果がもたらされます
敏感になるべきのは 長所
鈍感でいいのは短所です

ものごとをするにあたって
熟考するのはとても大切と思います
ビジネスシーンでも少しは考えてから動いたらどうだ と
怒られることも珍しくはないのでしょう
しかし 最近はすぐに動くことに
スポットライトが当たり
それをテーマにした本も
ベストセラーになっています
実際に禅の考え方そのものです
禅即実践という言葉もあるくらいで
とにかくまず動きなさいと禅は教えます
考えすぎたら動けなくなるからです
例えば仕事でアポを取る時も
どんな風に切り出したら
失礼に当たらないんだろうか
相手は忙しい人と聴いてるし
など考えていればいるほど
なかなか行動に移せないものです
もちろん相手の立場や状況を慮ること は必要です
しかし それにも さじ加減というものがあります
過ぎたるは なお及ばざるが如し
配慮も過ぎると
そこから一歩も進めなくなるのです
しかし動いてしまえば
何らかの反応があります
相手との縁がつながると言ってもいいでしょう
今は忙しくて会えないというならいつなら時間を作ってもらえるかと確認することができます

また 行動を起こす人は
考えすぎる人にはない勢いがあります
勢いは力であり
邪を払うのです
斎藤一人さんに次の言葉があります
運勢という字は勢いを運ぶと書きます
つまり運勢は勢いなんです
運勢を良くしたいと思ったら
何でも勢いよくしましょう
勢いがないところに運も巡ってこないし縁も結ばれない

禅語をひとつ紹介しましょう
一行三昧
まっすぐな心を持って
一つのことに全力を尽くすという意味です
あらゆるところにこの一行三昧で挑む
それが禅の振る舞いであり
禅の生き方そのものと言っていいと思います

今考えてみると
気付きの中身は
開き直るということだったのではないかと思います
開き直るというと一般的には
あまり良いイメージはないのかもしれません
しかし神経が細やかで敏感な人ほど
ちょっとした失敗や
人間関係のストレスに悩み
いつまでもくよくよしてしまう
うつ病など心の病になってしまう人も少なくない
そういう意味で開き直ることで
失敗への恐れが薄れ
修行に打ち込むことができるようになるのです
これは私の実感です
それにやってみなければ失敗するかどうかは分からないのです
わからないことは
ほっておく失敗に縛られない
それが禅の根本的な考え方です
こんなことわざもあります
案ずるより生むが易し
すなわち あれこれ思い悩んでいるより
やってみたら案外うまくいくものだという意味ですね

本田技研工業の創業者
本田宗一郎さんの言葉
失敗が 人間を成長させると私は考えている
失敗の無い人なんて
本当に気の毒に思う
つまり失敗にこそ学びがあるということ

将棋のプロ棋士は
対極の際
何手先まで読んでいるかご存知ですか
羽生さんは 一つの変化だけなら
10手から15手
ただし枝分かれするので
100手先手の単位と語っています
(著書は先読みしないことが人づきあいを円滑にするといいます )
先読みには弱点があります
読みが違った場合
その時の対応に困ってしまうのです
まじめに几帳面に
あまり先まで読んだことが
かえってあだとなるのです
ですから いくら先まで呼んでも
その通りに行くことは稀 なので
読むにしても
きっちりではなく
ゆるくざっくりがいいのです
あとは出たとこ勝負くらいでいいでしょう

江戸時代の儒学者 である
貝原益軒は次の言葉を残しています
聖人を持って我が身を正すべし
聖人を持って人を正すべからず
凡人を持って人を許すべし
凡人を持って我が身を許すべからず
自分に厳しく他人には寛容であれということでしょう
また益軒のエピソードについてはこんなことがありました
益軒が大切に育てていた牡丹をうっかり折ってしまった若者に対して
益軒は ボタンを植えたのは
楽しむためで
怒るためではないと言って 許したというエピソードもあります

禅語には 喫茶喫販(きっさきっぱん)という言葉があります
これはお茶を飲んでいるときは
飲むことだけに一生懸命になりなさい
ご飯を食べているときは
ただそのことに心も体も投じなさい
一次が万事
仕事をしている時は仕事に
遊んでいるときは遊びに集中することに徹しなさい
そのカギは主体性にあります
仕事について嫌な仕事を頼まれた
つまらないと考えることがありますよね
この場合仕事をやらされているという感覚です
しかし主体性を持って
自分がやっていると考えたらどうでしょう
楽しくなってきたりもするのではないでしょうか
例えば資料のコピー取り一つにしても
ホッチキスで止めるのか
クリップで止めるのかどちらがいいか考えたり
めくりやすさを考えて
右利きと左利きの人で止める位置を左右に分けたりということが
工夫ができるかもしれません

正しいという文字は 一度 止まると書いて
正しいという字になります
一度 止まってみて 見直したら
自分が来た道が正しかったがわかるのです
ですから時間を持って見つめ直すことも重要であるのです

ホテルオークラと言えば
日本を代表する名門ホテルですが
かつてそこでドアマンを務めていた人は
常連さんの顔と名前を全て頭に入れていたそうです
そしてドアを開ける際に
◯◯様いつもありがとうございますと一声かけていたようです

お釈迦様の言葉に こんな言葉があります
知足の人は地上に臥すといえども、なお安楽なりとす
この意味は足ることを知っている人は
たとえ地べたに寝るような生活をしていても
心は安らかで幸せを感じることができるという意味です

禅にはこんな言葉があります
一掃除 二信心
信心は仏教を志す者にとって不可欠なもの
もっとも基本となるものですが
禅では
それよりも上に掃除を置いているのです
その理由は掃除には 塵や埃を払ったりだけでなく
自分の心についた塵や埃を払い
心を磨くものだと考えるからです
掃除はとにかく深い意味があります
落ち込んだらとにかく掃除をする
それが気持ちを切り替えるための一番の手っ取り早い方法かもしれません

トンチで有名な一休さんに
こんな話しが残っています
ある時一休さんが
弟子を連れて町に出かけます
2人が鰻を焼いている店の前を通りかかると
一休さんは思わず うまそうじゃなとつぶやきます
寺についてから弟子が一休さんに尋ねます
お師匠様
先ほど
うなぎの匂いが漂ってきた時
うまそうじゃとおっしゃいましたが
仏の道を歩く者がそんなことで良いのでしょうか
不謹慎ではありませんか
すると一休さんはこう言った
なんだお前は
まだウナギに囚われておるのか
わしは美味そうじゃという思いなど
鰻屋の前に置いてきたわ
ウナギの臭いを嗅いで
その瞬
間美味そうだと思うのは自然なことです
しかしその思いを
いつまでも引きずっていては
そのことにとらわれ 食べられなくて残念だったと
心が落ち着かないのです
その思いをその場に置いてくれば
心は安らかでいられる
一休さんがいわんとしたのは
そういうことでしょう
この逸話がヒントになりそうな気がしませんか?
その瞬間いやだと感じるのは自然なことですし
それはそれでいいのです
大切なのはその思いを
その場に置いてくること
その場で断ち切ってしまうことです
思いを断ち切ったら
心が前向きになって前に進むことができます
例えば理不尽についてもこんな風に考えることができる
自分は絶対ああいう対応はしないように心がけよう
これなら嫌なことを自分の戒めとすることで
人間としての成長が図れるのではないでしょうか

例えば仕事で損な
わりを食ったという時があります
しかし損に思えようが
その仕事が自分に回ってきたのは縁なのです
禅では を何よりも大切にします
いただいた縁は生かし切る
それが禅の考え方です
また高杉晋作が残したこんな歌があります
面白き こともなき世を面白く進みなすものは心なりけり
その意味は面白いことがない 世の中だって
心のありようひとつで面白く生きていくことができる
ということです
仕事につまらない面白いものないのです
つまつまらなくしているのも自分
面白くするのも自分の心なのです
頂いた縁を生かし切るそのことだけ考えませんか

座禅の3要素と言われるのが
調身・調息・調心です
順番に姿勢を整える
呼吸を整える
心を整えるということです
この3つは深く関わっていて
姿勢を整えることで呼吸が整えさらに心が整うのです

定年まであと5年しかなくなったという考えもあれば
定年後は何をするか この5年はそのための準備期間だと考えることもできます
わたしの知人にこんな人がいます
ある外資系投資関係の不動産部門に勤めていた人ですが
その企業を日本に売られてしまったとき にいい潮時だからやめようと思いました
彼の実力なら残ることもできたのですが、きっぱりやめて
自分がしたかったことを始めました
飲み屋さんを開店した
日本各地から日本酒をたくさん集め
立ち飲みのお店
食べ物は一切提供しないが
持ち込みokというお店でした
これが夕刊紙などにも取り上げられなかなかの繁盛ぶりだと聞いています

皆さんにも
やり返したいという復讐心が芽生えたことはあるでしょう
しかし 人を陥れたりしても
心地よいものではありません
溜飲が下がるのはほんの一瞬
その後は後味の悪さがずっと残ると思うのです
しかも相手がやられたまま黙っているとは限らない
やり返す可能性もある

すぐに怒りをあらわにする人は
敵を作りやすいし
周囲からのサポートも得にくい
歴史上にその例を探れば織田信長が挙げられるでしょう
天下統一を目前にしながら
家臣であった明智光秀に撃たれ
大望がかないませんでした
信長の人物像を語るキーワードのひとつが
癇癪持ち
明智光秀を 普段からいいように扱ってなかったというエピソードもあります
また光秀が謀反に及んだ理由はさまざまに語られ
いまだに定説というものは無いようですが
信長の怒りっぽさが一員であったことは確かでしょう
反対に天下を取った徳川家康は
怒りは敵と思えという言葉を残しています

引き受けた仕事の責任が10だとすれば
7は自分の得意としても
残りの3は得意な人の手を借りてその人の責任で仕上げてもらえばいいではないですか

弱みを見せると ラクになります
人間としても変に強がって
弱みをひた隠しにするよりも
開けっ広げにしてしまう人の方が
ずっと魅力的なのではないでしょうか
政治家として魅力をふんだんに持っていたのは
田中角栄元首相でしょう
角栄さんの売りの一つが 小卒という学歴でした
あえて低学歴を大っぴろに語ることで
人間的な魅力を持ち出したのです
しかし本当は 高等専門学校レベルの学校を最終学歴にしていたらしい

松下幸之助さんの言葉
誰でもそうやけど
反省する人はきっと成功するな
本当に正しく反省する
そうすると次に何をすべきか
何をしたらいかんか
ということがきちんとわかるからな
それで成長していくわけや人間として

ゴルフほどコーチが多いスポーツはないと聞いています
とにかく教えたがりが多い
自分は大した腕前でなくても
他人の修正点はよく見えるのか
ああでもない こうでもないと
誰もが にわかレッスンプロになるのだそうです

相手の話が長くなりそうな時は
早い段階でころあいを見計らって
ありがとうを 言う
そうすると日本人には相手の思いを察する文化がありますから
切り上げることが多いのだとか

人間が使っている能力は
最大で持っている能力の約25%と言われています
ほとんどの人がそれ以下の能力しか使っていません
未開発
未使用の部分が75%もあるのです

座禅の座という字は
土の上に2人の人がいます
これは座禅というものの意味を端的に表しています
昔は座禅は 土や石の上で行われていました
人を2人書くのは
一つは自分
もう一つは 心の中の自分
禅では本来の自己と言ったりしますが
その人 を指しているようです
すなわち座禅の意味は
心の中の自分とじっと向き合うところにあるのです

睡眠の質を上げるには
心を探す余計なことを考えないこと
ポイントは寝る前の30分間
その間は何も考えず心を落ち着かせることに努める

曹洞宗 元 館長である 板橋禅師は
ずいぶん長い間 癌と一緒に生きておられます
お見舞いの手紙を差し上げると
決まって帰ってくるのが
がんとは仲良くやっておるという言葉です

お釈迦様の言葉
人間の欲望というものは
たとえヒマラヤの山を黄金に変えたところで満たされることはない

噂というのは
1が10にも100にも膨らんでいく ものと思います
噂が耳に入るのは止めようがありませんから
その場で聞き流すのがいいのですが
どうしても気になる人は10分の一 1
00分の一くらいに聞くことが良いでしょ
たしかな人はその人がどんな人なのか知るには
直接会って自分で感じるしかないのです