まず、ほんの一番最初に
ベストセラー作家「ひすいこたろう」さんの
メッセージが5ページほど載っています。
さらに、巻末では 30ページにわたり
玄奘三蔵が、どのようなルートを渡ったのかなども
詳細に知らされています。
正観さんの話しに、よく出てくる玄奘三蔵ですが、
旅の詳細を紹介した本は、数少ないはず(2~3冊)
この本では、見出しが
①無敵の生き方
②味方の増やし方
③思いを捨てる
④頼まれごとで生きる
⑤喜ばれる存在になる
このような構成になっていて、
各、小見出しに対して、2,3ページで答えを出すという
あっさり構成になっていました。
正観さんの「今」ということばには
今目の前の人、現象を大事にすれば、人生が好転する
目の前のことに、文句を言わず、淡々とやっていけばいい
現象に「よいわるい」「成功失敗」もない
ということが、1冊かけて説かれているような気がしました
以下、メモした内容です。
ひそいこたろうさんのメッセージ
僕が友人の結婚式によんでいただいたときのこと
式の途中
かわいらしいふたのついた器が全員に配られた
そこには当たりが三つ用意されていた
僕の隣には 僕のデビュー作を世に出してくださった
出版社の片瀬さんがいた
当たったら片瀬さんにあげようと思った
そう思った瞬間またアナウンスが入った
その三つのあたりは一生に1度しかないくらい素晴らしいプレゼントです
もしかしたらバリ旅行をプレゼントかもしれない
でもそれでもあげようと思い直した瞬間
あっ僕が当たると直感した
だから隣の片瀬さんにこう伝えました
俺当たるから見てて
当たったらあげるから
式場は60名位その中で三名だけが当たるのです
本当にひすいさんが当たりました
僕はこう思ったのです
例えバリ旅行でも当たりを上げようと。
だって片瀬さんは休日まで返事をして
僕のイベントをよく助けてくれていたから
そう思ったときの僕の気持ちがとても澄んでいたので僕が当たると直感した
もし運の女神様がいるとしたら
その女神様はどこにパスを出したいと思うか
きっと僕だと思ったのです
なぜなら僕にパスを出せば僕は喜ぶし片瀬さんも喜ぶ
この話を以前メールマガジンで配信したことがありまして
それを読んだ僕の読者さんが
小林正観さんの講演に参加した時のこと
せいかんさんは中国旅行から帰られたばかりで
お土産を購入していました
このお土産を会場のみんなのじゃんけんし
最後まで負け続けた方にプレゼントするとおっしゃった
その方は 翡翠の話を思い出して
このセンスをおばあちゃんにあげようと思いながらじゃんけんをした
なぜならそのおばあちゃんが正観さんの大ファンだったので
扇子をあげたら大喜びしてくれると思ったそうです
そしておばあちゃんの喜ぶ顔を思い浮かべながらじゃんけんしたら
なんと負け続けることができた
そして壇上に行き扇子を受け取ろうとした瞬間
正観さんは小声でその方にこう言った
誰の喜ぶ顔を思い浮かべていたのですか
その方はびっくりしたそうです
何でわかったんですか?
だいたいそういう方が当たるんですと正観さんはおっしゃった
ちなみに結婚式の豪華景品は 新郎新婦にお祝いのスペースができるという権利でした
建築会社の社長から次のような話を聞いた
社長は新しい建築技法を開発し
特許が取れるほどの技術にもかかわらず
1件も取引が成立しなかった
1年間 県内の有力財界人を訪ねて
建築技術がいかに素晴らしいかを説いてまわったけど 誰も 手を挙げなかった
翌年は東北中の有力財界人を回ったが一軒も成立しなかった
困ったと
せいかんさんに言ったところ
そのダメだったという話を色んな人にしてきませんでしたかと
男性はしたと答えた
自分が 周りからいかに協力を得ていないかいかについてないかと
説いて回ったそれを聞いた人は
あなたと一緒に仕事をするのをやめようと思ったのではないでしょうか
自分がいかについてない
仕事がうまくいってないと言えば言うほど
周りにいる人は応援しようという気持ちにはなりません
私たちは自分の人生は自分で作っていると思いがちですが違います
神様
仏様
友人知人
家族などが人生を成り立たせてくれているのです
人生を楽しく幸せにするための三つの解決法がある
一つ目は 何倍も努力する方法
二つ目は人生のすべては思い通りにならないと思い定めること
これを諦めると言います
諦めるという言葉を仏教用語に当てはめると
諦観(ていかん)となります
諦観とは悟りという意味で
あきらめることだったのです
三つ目は そもそも思いを持たないという本法
古事記の中にあるアマノ岩戸開きの中に
神様の性質が隠されています
天照大神を 岩から引きずり出すには
最初は出てきてとお願いしてもダメだった
神様を動かすにはお願い事をしても駄目ということを
私たちに教えて下さっているように思う
そうをではなく面白がること
楽しむこと幸せに過ごすことが
神様を動かすために有効な手段らしいのです
ある人が神様が私の体に入って色々教えてくれると言った
そしてせいかんさんに神様と直接話をしてもいいですかと聞いた
せいかんさんはどうぞと言った
我はアマテラスオオミカミナリと言ったところ
正観さんは笑ってしまった
アマテラスさんが入るような人はそれなりの人格を備えていなければなりません
しかしその人はあまり笑わないし
明るくもない周りを楽しくする雰囲気もない
それでこのように言いました
なぜ家族や友人が言うことを聞かなくなったかというと
いいことを言っているかどうかではない
あなたの人間としての人格や生き様が
人に対して説得力を持つのです
周りから気に入らないことを言われたとき
あなたは不機嫌になっていませんか
そういう人間が 私の中に神様が入っていると言っても誰も耳を傾けないでしょ
気に入らないと すぐ むくれる人に神様が入ることはありません
子供と向き合わなければという人がいますが
向き合うということは
子供の前に立ちふさがって粗探しをするということかもしれません
親が楽しそうに生きていると子供は
親の背中を追うようになります
そして親の生き方を真似るようになるでしょう
手相にはメインの三本
感情線
頭脳線
生命線があります
悩みや苦しみがない人ほど
手相のしわが少なくなります
細かなしわが減り
メインの三本がはっきり見えるようになる
手相に細かい皺が多いほど
悩み苦しみが多い
また手相の細かい皺と
目尻のしわは連動している
手相のしわが減ってきて
メインの三本になると
目尻のしわもほとんど見てわからないくらいになる
目尻のしわが多い人ほど
手相のしわも多い
目尻のしわは笑ったから増えるのではなく
まばたきの回数に比例する 瞬きの回数は心の動揺を表す
ある日あなたが自転車に乗って転んで
大けがをしたとする
全治一週間
大変と思うかもしれませんが
それはシナリオで決まっていたこと
その転んでしまった現象に対し
落ち込むことも できるし
笑って過ごすこともできる
何も感じずに淡々と過ごすこともできる
その現象をどう受け止めるかは自分次第ということです
イギリスにリンフォード・クリスティという陸上選手がいました
彼はある国際大会で四位になった時
三位になった隣の選手がフライングしたと抗議をしました
当時の判定は目視だったので
国際陸連がビデオを何十回とみても
それはフライングのようには見えなかったそうです
目視では、100分の1秒の誤差は見破れないそうです
その影響もあり 不正出発発見装置 が開発されました
それから月日がたち1996年アトラントオリンピックのとき
クリスティ選手は決勝に進出したものの
二回のフライングをして失格となりました
もしかしたら 練習を重ねた結果 100分の1秒よりも早く反応できる肉体に鍛えられていた可能性もあります
しかし機械判定の結果
フライングとみなされてしまいました
宇宙の法則に
投げかけたものが返ってくる投げかけないものは返らない
というものがあります
スポーツマンだったら
たとえ隣の選手がフライングしたとしても
自分の力が及ばなかったと 笑顔で爽やかに認めてあげれば良かった
しかし彼は許せないと言ったために
一番大事な場面で今度は自分が機械測定によって裁かれてしまいました
彼のこのような行動を上から見ている神様は
応援しようと思わないでしょう
勝敗を争いつつも
いかにさわやかであるかということにスポーツの意味があります
先日ある女性からこのような相談を受けた
兄の子供は音楽的な才能があり
音大に行かせたいのですが
とてもお金がかかります
兄は学費を出せないので私が出すことになりました
でも自分の稼ぎからすると
家計が苦しいので悩んでいます
正観さんはこう言いました
どうしてできないことを引き受けようとするのですか
私にはできませんと答えれば
悩むことはなかったはずです
世の中には才能があり
音大に入りたいと思っていても入れない人はたくさんいます
自分の思うようにいかないことが山のようにある
思い通りにならないことを
笑顔で受け入れてきていくのが本当に強いということです
本人が働きながら通うという意志がない限り
その 姪っ子は 家庭の事情を受け入れて生きていく方法を自分で考えるべきではないでしょうか
あなたが助けた結果
その子が才能が開花し
音楽家になれるかもしれませんが
人格的に磨かれる機会を奪うかもしれません
その一方で音大に入れず
挫折を味わい 音楽とは違う道を進みながら
年月が過ぎ それでも音楽をやりたいと
一念発起して作った曲が
飛ぶように売れたというような展開があるかもしれません
わらしべ長者の話の後
正観さんは言いました
この登場人物が
物々交換を嫌だと断ってしまったら
そこで終わっていたでしょう
流れてきたものを受け入れていった結果
若者は長者になりました
皆さんは 作り話の世界だけと思っているかもしれませんが
これは私たちすべてに当てはまる現象です
人生において大事なこと
そうでないことの区別はありません
すべてが同じ重さです
頼まれごとに大小 重い軽いもありません
ただ頼まれことを引き受けていくだけです
好き嫌いで物事を見ていると
真実が見えなくなるのかもしれません
何かを頼まれた時は時間があれば引き受ける
わらしべ長者現象はいつも私たちの目の前を通り過ぎています
しかしそれに気づかないだけです
人生は頼まれごとという流れに乗ることで
思いもよらない面白い方向へと進んでいきます
ある男性がこんな話をしました
8年前に末期癌になり 食事療法やら
瞑想 散歩を毎日必ず2時間するという生活を5年続けてきました
頼まれ事をすべて断り
自分の体を治すことに専念してきました
しかし5年たった今
ふと自分が何のために体を治そうとしているのかわからなくなった
そこで正観さんの講演会に参加した
すると 人生は自分が何かをしたいのではなく
喜ばれる存在になること
頼まれ事をすることという内容だった
私は自分の病気を治してから
頼まれごとをしようと思っていたけど
それでは自分が生きている意味がないということに気づいた
その日から頼まれごとを引き受けるようにした
その後男性は 正観さんの話を聞いてから3年が経った今は
頼まれ事が多くなりとても忙しく飛び回っている
いつ死ぬかわからないが、当分死なないと思いますと答えた
日本人はずっと米を主食としてきた農耕民族であり
いわば草食動物です
草食動物は 互いに 出会っても戦いません
それに比べ欧米は肉食を中心としてきた狩猟民族
いわば肉食動物です
例えばライオン同士が出会うと
縄張り確保のために喧嘩をします
追い払ったり殺すかのどちらか
草食で生きてきた人間と
肉食で生きてきた人間とでは
何1000年とかけて
心のありようが全く違ってきました
草食動物の日本に戦いの原理競争の原理を持ちこんできたのは明治政府でした
明治政府が取り入れた
西洋的な価値観というのは
人と競うことと比べること闘うことでした
算数の点数が悪い何とかしろというように
足りないところを上げつらね
そこを強化しなさいという教育をした
その結果日本人には性に合わないのに
競うことをするようになり
ストレスがたまって体が壊れて
がん細胞が生まれやすくなってしまった
日本の古来の教育は
全然違うありようでした
江戸時代の日本人の識字率は何と世界最高の水準でした
士農工商の階級に関わらず
三人に一人は字が読めました
この教育を支えたのは寺子屋です
寺子屋は読み書きそろばんを
教えることが目的で社会に出て
丁稚奉公した時に困らないようにと
最低必要な学問を教えました
人と比べたり順位付けをするという教育とは違います
私たちは戦後の学校教育の中で競って
争って 抜きんでなければバカだと教えられてきました
しかし本来草食動物として生きてきた日本人には遺伝的に向いていません
全ての人間関係において自分の思い通りにしようと考えることはやめた方がいい
その人がそのように期待というのであれば
それを丸ごと認めてあげる
ではその人がどんな生き方をしてもいいのですか
と質問する人がいますが
答えはどんな生き方をしてもいい
要は私がどうできるかだけ
人を責める必要がありません
ぶらぶらと生活している人が許せないと思うなら
自分はそうしないぞと自分を律していく
仕事をサボって要領よく生きる人は
そのような生き方に見合った結果が返ってきます
ですからその人を何とかしなければとか
この人を糾弾しなくてはと思う必要はありません
もし糾弾したら
糾弾された周りの人は
みんなあなたから去っていくでしょう
神様は人を糾弾する人には味方をしません
大切なことは糾弾することではなく私がどう生きるかだけです
神渡良平 著の
天かける ヤマトタケルノミコト
に日本人は古来から
ナガタ・ナガサキという生き方があったとあります
ナガタとはあなたが楽しいと思うことが私の幸せですという考え
ナガサキは あなたの幸せが先でお役に立てることがあれば嬉しいと相手を気遣う考え方です
